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この記事で分かること
赤ちゃんの「英語耳」は、生まれたときがいちばん広く、1歳ごろまでに母語(日本語)の耳へと絞り込まれていきます。ではその前に英語を聞かせれば英語耳は残るのか——実験の答えは、「生身の人と向き合ってやりとりした赤ちゃんだけ残った。CDも、テレビ映像も、効果は確認されなかった」というものでした。
この記事では、根拠になっている実験の中身を数字まで具体的に見たうえで、英語を話せない家庭でも今日からできること、オンライン英会話や動画は代わりになるのか、1歳を過ぎたらどう考えるかまで整理します。
結論:迷ったら「英語のかけ流し」より、日本語の“往復するやりとり”から
先に結論です。今日から何か1つだけ選ぶなら、英語教材を買うことではなく、「目を見て、赤ちゃんの声や動きに応え返す」やりとりを1日の中に増やすことをおすすめします。理由は3つあります。
- 効果が確認された条件がそれだから。後述する実験で外国語の聞き分けが保たれたのは、生身の大人と向き合い、名前を呼ばれ、目を合わせて遊んだ赤ちゃんだけでした。同じ外国語に音声や映像で触れた赤ちゃんは、より多くの音を浴びていたのに変化がありませんでした。
- 母語でも同じ仕組みが効くから。「どれだけ言葉を浴びせたか」より「どれだけ言葉を往復したか」が言語発達と関係する、という研究があります(会話は量より“やりとり”)。英語の前に、この土台の投資効率がいちばん高いと言えます。
- お金も教材もいらないから。買い足すものがなく、失敗してもマイナスがありません。
そのうえで「それでも英語に触れさせたい」場合の現実的な選択肢は、英語で“応え返してくれる人”がいる場に、短くてもいいので定期的に通うことです。逆に、いちばん効果が期待できないのは、BGMのようにCDや動画を流しておく方法です。
タイプ別・早見表
| あなたの状況 | まず取り組むこと | 期待できること/注意点 |
|---|---|---|
| 親は日本語のみ、共働きで時間が少ない | 授乳・オムツ替え・お風呂の3場面だけ「実況+赤ちゃんの反応待ち」 | 母語の土台が育つ。英語の聞き分けまでは期待しない |
| 英語もやりたいが月謝は抑えたい | 英語の親子サークルや児童館の英語の会など、人が応え返す場を月2〜4回 | 短時間でも「対面」の条件は満たす。効果の大きさは未確認 |
| 親のどちらかが英語を話せる | 生活の一場面を英語担当にして、毎日続ける | 実験の条件にいちばん近い。日本語の時間は削らない |
| 数年後に海外赴任・帰省の予定がある | 今は母語優先。渡航が近づいてから対面の機会を増やす | 乳児期に前倒しする必然性は、研究からは出てこない |
| 遠方の祖父母や親戚が英語話者 | ビデオ通話で、赤ちゃんの反応に応え返してもらう | 双方向なら“やりとり”になる。ただし乳児での検証は不十分 |
| すでに1歳を過ぎて焦っている | 焦らなくて大丈夫。母語のやりとりを続ける | 音の聞き分けは大人でも訓練で変わるというデータがある(後述) |
赤ちゃんは“世界の言語耳”を持って生まれる
生まれたばかりの赤ちゃんは、日本語にない音の違いも聞き分けられることがわかっています。ところが成長するにつれ、よく聞く言語(母語)の音に耳が最適化され、逆に母語にない音の区別は苦手になっていきます。
この変化を、専門的には知覚的狭窄(ちかくてききょうさく)と呼びます。「なんでも聞き分けられる状態」から「母語に絞り込まれる」というイメージです。カメラでいえば、あちこちに合っていたピントを、母語という一点に合わせ込んでいくような変化です。
Werker と Tees が1984年に発表した古典的な研究では、英語環境で育つ赤ちゃんに、英語にないヒンディー語と北米先住民の言語(サリッシュ語族)の子音を聞かせました。生後6〜8か月の赤ちゃんはほとんどが聞き分けられたのに、10〜12か月ではごく一部の子しか聞き分けられなくなっていました。一方、その言語で育つ赤ちゃんは聞き分けを保っていました。
大まかな流れをまとめると、次のようになります。
| 時期 | 母語にない外国語の音 | 母語の音 |
|---|---|---|
| 〜生後6か月ごろ | 世界中の言語の音を幅広く聞き分けられる | 聞き分けは育ちはじめ |
| 生後6〜8か月ごろ | まだかなり聞き分けられる | 母語の音への感度が高まる |
| 生後8〜10か月ごろ | 聞き分けが落ちはじめる | さらに伸びる |
| 生後10〜12か月ごろ | 母語にない音の区別が難しくなる | 母語の音は得意になる |
有名な例が、日本語で育つ赤ちゃんと英語のRとLです。最初は聞き分けられていたR/Lの違いが、1歳ごろにかけて日本語の耳に最適化される中で、区別しにくくなっていきます。大人になってからR/Lの聞き取りに苦労するのには、こうした発達の背景があります(決して「能力が低い」わけではありません)。
なお、これは「失われる」というより「日本語に投資した結果」でもあります。同じ時期に、母語の音を聞き分ける力はむしろ伸びていくことが確かめられています。
「英語を聞かせれば聞き分けが保たれる」は本当?
ここが肝心です。この“母語への絞り込み”は、外国語に触れることで変えられるのでしょうか。それを正面から調べたのが、Kuhl らが2003年に発表した実験です(PNAS掲載論文)。
対象は、英語だけの家庭で育つ生後9か月のアメリカの赤ちゃん。実験室で、1回25分の中国語(標準語である普通話)のセッションを、4週間で12回、合計5時間だけ体験させました。中国語話者が絵本を10分読み、おもちゃで15分遊ぶ——それだけです。話し手は男女4人が交代し、赤ちゃんと頻繁に目を合わせ、名前を呼びながら関わりました。
そのあと、英語にはない中国語の子音の聞き分けをテストした結果が、次のとおりです。
| 中国語への触れ方 | 12回で浴びた中国語の音節数 | 中国語の音の聞き分け(正答率) | セッション中の集中度(5点満点) |
|---|---|---|---|
| 生身の人と対面(実験1) | 平均 約33,120音節 | 65.7% | 3.53 |
| テレビ(DVDの映像+音) | 平均 約49,866音節 | 英語だけの群と差なし | 2.79 |
| 音声のみ(DVDの音だけ) | 平均 約49,866音節 | 英語だけの群と差なし | 1.48 |
| 英語だけ(対照群) | — | 56.7% | 3.59 |
読み取れることは3つあります。
- 対面で関わった赤ちゃんは、台湾で生まれてからずっと中国語を聞いてきた同月齢の赤ちゃんと、統計的に差のない成績でした。5時間の体験が、本来なら落ちていく聞き分けを押しとどめた形です。
- DVDの2群は、対面群より多くの中国語を浴びていました(約5万音節 対 約3.3万音節)。それでも学習は起きませんでした。「量」の問題ではなかったということです。
- 集中度に大きな差がありました。音声だけの群は5点満点で1.48と、ほとんど画面や音に注意を向けていません。赤ちゃんにとって、応え返してくれない音は「自分に向けられたもの」になりにくいのだと考えられます。
つまり、効いたのは「人とのやりとり」であって、「音を聞かせること」ではなかったのです。
動画やオンライン英会話は代わりになる?
「テレビがだめなら、双方向のビデオ通話は?」——ここは多くの人が気になるところです。
Roseberry らが2014年に『Child Development』で報告した実験では、2歳〜2歳半の子ども36人に新しい動詞を教え、3つの条件を比べました。(1) 対面で教わる、(2) ビデオ通話で、子どもの反応に合わせて返してくれる相手から教わる、(3) 同じ人物の録画を見る(内容は同じだが、子どもに応え返さない)。
結果は、(1)と(2)では言葉を覚えたのに、(3)の録画では覚えなかったというものでした。ビデオ通話組の成績は、対面組と見分けがつかないほどでした。分かれ目は「画面かどうか」ではなく、相手が自分に応え返してくれるかどうかだったわけです。
ただし、ここは慎重に考える必要があります。この実験の対象は2歳前後で、聞き分けが絞り込まれる乳児期(9〜12か月)ではありません。また、覚えたのは単語であって、音の聞き分けでもありません。「乳児のビデオ通話でも英語耳が保たれる」と言い切れるデータは、今のところ見当たりません。祖父母とのビデオ通話が“ただの動画よりは意味がありそう”と考える根拠にはなりますが、教材としての効果の保証にはならない、というのが正直なところです。
対面なら、どのくらいの量が必要?
「対面がいいのはわかったが、現実的にどのくらい?」に答えるヒントが、Ferjan Ramírez と Kuhl が2017年に報告したマドリードでの介入研究です。
スペインの公立保育施設に通う生後7か月〜2歳9か月ごろの子どもを対象に、1日1時間の英語セッションを18週間行いました(介入を受けたのは126人)。指導は、赤ちゃん向けの話し方(ゆっくり・高めの声で抑揚たっぷりに話すパレンティーズ)と、遊びを通した双方向のやりとりが中心です。
結果は、プログラム終了時点で、介入を受けた子どもは1時間あたり平均74語の英語を発したのに対し、通常の授業だった比較群は13語でした。しかも18週後の追跡でも、その差は保たれていました。あわせて、母語であるスペイン語の発達が損なわれることもありませんでした。
ここから言えるのは、「効くとしても、必要な量は“週1回30分”よりずっと多い」ということです。一方で、5時間程度でも音の聞き分けには変化が出た実験があるので、目的(音に慣れさせたいのか、言葉を使えるようにしたいのか)によって必要量はまるで違う、と考えるのが実際的です。
やりがちな失敗と、よくある誤解
失敗1:BGMのようにかけ流す。 研究で効果が確認されていない、いちばん典型的なパターンです。害があるという意味ではありませんが、「これで英語耳が育つ」という期待は手放したほうがよさそうです。
失敗2:動画を“英語担当”にする。 一方通行の映像では、上の実験のとおり学習が確認されていません。加えて、乳児期のスクリーンについては、WHO(世界保健機関)が2019年のガイドラインで1歳未満は座って画面を見る時間を勧めず、1歳でもスクリーンタイムは勧めない(2歳では1時間を超えないほうがよい)としています。日本小児科医会も「子どもとメディア」の提言で、2歳までのテレビ・ビデオ視聴は控える/授乳中や食事中の視聴は避けるとしています。英語のためにここを崩すのは、割に合いにくい選択です。
失敗3:英語の時間を、日本語のやりとりから削る。 マドリードの研究では母語は損なわれませんでしたが、あれは保育施設で専門の指導者が行った追加の時間です。家庭で、親子の自然なやりとりを英語の教材時間に置き換えるのは、条件がまったく違います。
失敗4:「聞き分けが保たれる=英語が話せる」と考える。 これは別の話です。Kuhl らの実験で確かめられたのは、中国語の子音1組を区別できたかどうか。会話力でもバイリンガルでもありません。
失敗5:「今やらないと手遅れ」と焦る。 慌てて買った教材を流しておくより、目の前の赤ちゃんに返事をするほうが、研究の裏づけがあります。
この研究の弱いところも、正直に
記事で紹介した実験は説得力がありますが、限界もはっきりしています。ここを知らずに「科学的に証明された」と受け取ると、判断を誤ります。
- 人数が少ない。Kuhl らの実験1は32人が参加し、12回すべてをやり終えて測定まで進んだのは21人(中国語群10人、英語対照群11人)。実験2も28人(映像あり15人、音声のみ13人)です。
- 効果がいつまで続くかは未確認。テストは最終セッションの2〜12日後(中央値6日)に行われました。数か月後・数年後にどうなるかは、この研究では調べられていません。
- 測ったのは「音の聞き分け」だけ。将来の英語力との関係は示されていません。
- 家庭の状況とは条件が違う。防音室で、4人の話し手が入れ替わり、母親は同室でも関わらない、という設計です。マドリードの研究も保育施設での集団プログラムでした。
- 「効果が確認されなかった」は「絶対に効果がない」ではない。DVDに効果がなかったのは、この設定・この月齢・この音の組み合わせにおいて、という限定つきの結果です。
それでも、「一方通行の音より、応え合うやりとりのほうが確かそうだ」という方向性は、複数の研究で一貫しています。
1歳を過ぎたら手遅れ?
手遅れではありません。ここで扱ってきたのは「乳児期の音の聞き分け」という特定の現象であって、言語学習そのものは一生続きます。
大人についても、データがあります。Lively らが1994年に報告した研究では、英語のRとLの聞き分けが苦手な日本語話者の大人に、複数の話し手による音声で識別訓練を行いました。約40分のセッションを3週間で15回受けた結果、正答率は訓練前65%から77%へ改善。19人中18人が伸びました。さらに、3か月後でも2ポイントしか落ちず、6か月後でも訓練前を4.5ポイント上回っていました(6か月後の追跡に参加できたのは8人)。しかも、その間は日本語環境で暮らし、英語にほとんど触れていない状態でです。
つまり、乳児期は楽に学べる時期ではあっても、そこを逃したら二度と変わらない扉ではない、ということです。
制度の面でも、焦る必要はあまりありません。2020年度から全面実施されている現在の学習指導要領では、小学3・4年生で「外国語活動」が年35単位時間(1単位時間は45分)、5・6年生では教科としての「外国語」が年70単位時間行われます。英語に触れる入り口は、公教育の中にきちんと用意されています。
家庭でどう活かす?
研究からそのまま持ち帰れることを、具体的な行動にすると次のようになります。
- 「実況して、待つ」を1日3回。「オムツ替えようね」「気持ちよかったね」と実況したあと、2〜3秒待って赤ちゃんの声や表情を受け取り、それに返す。この“待つ”が往復をつくります(話す前から言葉は育っている)。
- 赤ちゃんが見ているものに合わせる。赤ちゃんの視線を追って、その物の名前を言う。実験でも、話し手は赤ちゃんの注意に合わせて絵本やおもちゃを使っていました。
- 話し方はゆっくり・高めに、でも言葉は正しく。マドリードの研究で使われたのもこの話し方です(パレンティーズのコツ)。
- 指さしが出はじめたら、それに言葉で応える。指さしは言葉につながるサインとして注目されています(指さしと言葉の関係)。
- 英語をやるなら「応え返してくれる人」がいる形で。英語の親子サークル、英語を話す知人や親族との時間など。教材を流す形は、優先度を下げて構いません。
- 買い込む前に、まず場を探す。高額な教材一式より、月数回でも人と関わる機会のほうが、研究の条件に近いです。
気をつけたいこと
- 早期教育をあおる話ではありません。「今やらないと手遅れ」ではなく、日々のやりとりの積み重ねが基本です。
- 個人差が大きい分野です。ここで挙げた月齢(6〜8か月、10〜12か月)はあくまで目安で、一人ひとりの発達の速さを測るものさしではありません。
- 紹介した研究はいずれも「関連が見られた」「この条件で差が出た」という報告で、「必ずこうなる」という保証ではありません。
- 言葉の発達が気になるときは、自己判断で様子見を続けず、1歳半健診などの機会や、かかりつけの小児科で相談してください。聞こえの心配がある場合も同じです。
よくある質問
Q. 英語のかけ流しCDや動画は、まったく意味がない?
A. 「音の聞き分けを保つ」という点では、研究で効果が確認されていません。親子で歌って踊る、絵本を英語で読み合うといったやりとりを伴う使い方なら、音楽や絵本としての楽しみはあります。BGMとして流しっぱなしにする使い方には、期待をかけないほうがよいでしょう。
Q. 英語の絵本を読み聞かせるのはどう?
A. 実験で行われていたのは、まさに「大人が絵本を読み、目を合わせ、おもちゃで遊ぶ」でした。読み手が生身の人であれば、条件としては近いことをしています。発音が完璧である必要はありません。
Q. オンライン英会話は何歳から意味がある?
A. 双方向のやりとりが成立するなら、録画の動画よりは望みがあります。ただし裏づけのある研究は2歳前後が対象で、乳児での検証は十分ではありません。赤ちゃんが画面の相手と本当にやりとりできているかを目安にするのが現実的です。
Q. 親が英語を話せません。英語耳はあきらめるしかない?
A. 乳児期にこだわらなければ、道は閉じていません。大人でも訓練で聞き分けが改善したデータがあります。この時期に家庭でできる最大の投資は、母語での往復のやりとりだと考えて差し支えありません。
Q. 英語をやると、日本語が遅れませんか?
A. マドリードの研究では、英語を学ぶ間も母語(スペイン語)は伸び続け、悪影響は見られませんでした。ただし、日本語のやりとりの時間を英語教材に置き換えるなら話は別です。足し算で考えるのが安全です。
Q. バイリンガルにしたいのですが。
A. 二つの言語を、それぞれ人とのやりとりの形で浴びると、両方の音を保ちやすいとされます。なお「二言語の子は語彙が少ない」と言われることがありますが、両言語を合わせた語彙の総量は一つの言語だけで育つ子と同程度という報告がある一方、言える言葉(表出語彙)では差が残るという報告もあり、結論は一つに定まっていません。いずれにせよ、無理なく続けられる形が一番です。
Q. もう1歳を過ぎました。手遅れですか?
A. 手遅れではありません。ここで扱ったのは乳児期の音の聞き分けという特定の現象で、言語学習はその後も続きます。小学校でも3年生から英語に触れる機会があります。
Q. R/Lの発音は、聞き分けができれば言えるようになりますか?
A. 聞き分けの訓練が発音にもいくらか波及した、という報告はありますが、聞くことと言うことは別の技能です。聞き分けができれば自動的に発音もできるとは考えないほうがよいでしょう。
まとめ
赤ちゃんの耳は、生まれたときがいちばん広く、1歳ごろまでに日本語の耳へと形を変えていきます。その流れを外国語で押しとどめられるか——実験の答えは、「生身の人と向き合った5時間では保たれ、より多くの音を浴びたDVDでは変わらなかった」でした。
数字を並べ替えれば、結局はこう言えます。赤ちゃんが学ぶのは「音」からではなく、「自分に応え返してくれる人」から。だとすれば、英語教材を選ぶより先にできることがあります。今日、抱っこしているその子の声に、2〜3秒待ってから返事をする。研究がいちばん強く支持しているのは、その地味なやりとりのほうです。
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